パニック体験談
ブライダルショー
もっちは、2年間ほどブライダルや振袖ショーをメインにモデルさんをしていました。
このときはブライダルショー。場所はショーを何回も経験しているチャペル。
モデルさんは、洋装モデル5人、和装モデル5人の計10人居ます。
洋装モデルは、1回のショーにつき約7着ほど衣装替えがあり大変。
和装モデルは、もちろん衣装替えなし。
そのかわり、ショーの間中ずっと打掛を着ているのは重くてしんどいのよ。
もっちは和装モデル組でした。
もっちがショーに出演していた頃は、メンバーの入れ替わりもほとんどなく、
みんな仲良しさんで、随分楽しくお仕事をさせていただいていました。
でも、そんな楽しいお仕事であるショーの時、もっちは発作を起こしてしまいました。

いつもの和装仲間1人が、洋装メンバーになりました。
この子は、モデル経験が長く、いつも和装のトリを飾る子。
そのトリを、もっちがすることになったのです・・・。
そして、このショーの時だけはメンバー5人のうち2人が初参加。
この2人の指導役みたいな形にもなり、かなりのプレッシャー(>_<)
基本的にショー当日までには、かなりのリハーサル回数があり、
それまでに、動線や表現はマスターできるようになっています。

ショーは午前と午後の2回。午前の部はいつもと変わりなく終了。
休憩は約2時間あるので、いつもどおり、お弁当食べたりおやつ食べたりして
のんびり休憩。いつものことながら、打掛の重みでぐったり疲れる。
午後の部がはじまった。
和装組のしんどさは、とにかく重みに耐えて、出番を待つこと。。。
もっち、出番がくるまでに、少しずつしんどくなって、
クラクラとめまいのようなものを感じたことを覚えています。
モデル仲間に、ちょっとしんどいと伝えていたけど、
あとちょっとだよ!っていう励ましにもっち頑張りました。自分の出番はなんとか終了。
最後待っているのは、お客さんの前にモデル全員が集合しての挨拶。
これだけ越えれば、お仕事無事終了だったのですが・・・。
裏で最後の出番を待っているときに、もう限界を迎えました。
焦点が合わなくて、フラフラして、息苦しくて、震えがきて、もう立っていることすらできなかった。
結局、最後の挨拶には出演できませんでした。

ショーが終わって、着替えも済んで、片付けで忙しいのに、みんな心配してくれた。
周りに迷惑をかけてしまったことが辛かった。

このショー以降に出演したのは1回。ショーにでることが怖くなってしまったの。


熱田神宮へ初詣
岐阜で暮らしはじめて2ヶ月ほどたったお正月。
名古屋にいる母のような存在のんちゃんに誘われて熱田神宮へ初詣へ。
hideさんはお仕事だったため、もっち一人でおでかけすることに。

熱田駅で待ち合わせになったので、バス・電車を利用して熱田駅までいくことに。
アパート近くのバス停から最寄駅までのバスは大丈夫だった。
問題は電車・・・。
朝9時過ぎだったと思うけど、ホームには、さほど人が多くなかった。
ところが、やってきた電車は既に満員状態。

東京で研修をしていたころ、満員電車に揺られて通勤していたので
満員電車自体に抵抗はあまりなく、むしろ懐かしさを感じていたかな。

でも、とにかく人が多くて身動きができない。暖房効きすぎ・・・。
すこしずつ酸素が薄く感じられるようになり、息が苦しくなってきた。
どれだけ満員状態でも、停車する駅では人がムリヤリ乗り込んでくる。
「あ〜名古屋までの辛抱かな」と思い、なんとか耐えていた。

案の定、名古屋駅でわんさかいた人は降りていき、急に空間ができてホッとした。
名古屋駅から熱田駅までは時間もかからないので、座席に座らず立っておくことに。
というか・・・。居た場所からすでに動けなくなりつつあって、息が荒くなっていた。

無事熱田駅に降り立った。
だけど、今度はまともに歩けない。フラフラして、めまいがする感じだった。
「のぼせたかな?」そうも思ったけど、息が苦しいことには変わりなかった。
なんとか改札をくぐり、相方を待つことに。

立って待つこともできない状態で、椅子に座って待っていました。
だけど、もう限界だったみたい。震えがでてきて、息ができなくて、怖くて涙が溢れていた。
トナリに座っていたお姉さんが、チラチラともっちを見ていたことだけわかる。

「あぁ・・・。救急車呼ばれちゃうかな・・・。」
そう思いながらとにかく座って待っていた。
そこへのんちゃん親子参上。
もっちの異変に気づいたのんちゃんが走ってきてくれて、落ち着かせてくれた。
おかげであまりひどくならなくてすんだ。ありがとう。

熱田神宮までの歩きの間、すごい人だったけど、
娘さんの美月ちゃんが、ずっと手をつないで歩いてくれた。ありがとう(^^)

ホントに感謝しています。