パニック体験談
実家暮らし・・・3月から
岐阜から戻ってきて、ドキドキすることは少なくなった。
ただ、心にずっとひっかかるものがあって、ずっとザワザワしていた。
hideさんのことかな。おばあちゃんのことかな。
毎日落ち着かない感じだったかな。

この頃から、街中へひとりで外出するとメマイがするようになってきた。
自分で『何かヘン。フラフラする』と思うのがはじまり。
でもホントにフラフラするし、気のせいだと思っても、足元がおぼつかなくなる。
だから、そうなったら、いつも街中にある薬局の先生のところへ行っていた。

初めて薬局で完全に発作がでてきてしまったときは、回復するのに数時間。
先生に聞いた話では。。。
目がかなりボーっとしていて、先生にむかって「誰?」って言ってたらしい・・・。
だいたいボーっとするのが継続して、チカラがはいらなくなるみたい。だった。

もっちの記憶では3〜4回くらい薬局で寝てた記憶がある。
もっと多いのかな?


狂う?
薬局の先生のところでお買物だったか、お仕事の話だったか、
何をしていたかは覚えてないけど、とにかくお店にいた。
焦点が合わなくなって、座り込んでたことは覚えてる。
お客さんが来られたから、ちょっとウラで休ませてもらうことに。

でもそのお客さんが引き金で凶暴もっちと化す。

そのお客さん。ものすごい金切り声っていうか、キンキン声っていうか。。。
もっち・・・どうやら調子が悪くなると、耳の集音効果?がすごくなるらしくて、
とにかく、その声に異常反応したことだけ覚えてる。

なんだかね、グゥーッっと何かに押し殺されるような感覚になって、
「うわぁー」って泣き叫んでたらしい。
それから、顔つきが変わって、すくっと立ち上がって、
その人を追い払いたくて、暴徒化したそうな・・・。

暫くして、落ち着いてきたら、急に脱力して寝てたみたい・・・。


車の運転が・・・5月頃
週に4日、インストラクターのパートをそのまま続けていた。
3つの教室を担当していて、1つだけ車で行かなければならない教室があった。

ふと気がついたら、車の運転をする時にザワザワと落ち着かないことに気がついた。
しかも、教室の駐車場への車庫入れがまともにできない・・・。
ドキドキして、すごく不安になってきてしまった・・・。
自分ではどうしたらよいのか、状況判断が全くできなくなって、焦った記憶がある。

なんとか適当に駐車することができ、教室に入ったけど、
ドキドキと震えがとまらなかった。
生徒さんが来られても、頭の中グルグルしていて、
会話がまともにできてたんだかできてないんだか・・・。

とにかく、「頭が回転してない」「ちゃんと授業できるかどうか」という
不安と焦りの気持ちで、混乱していた気がする。


おばあちゃんの死
おばあちゃんが他界した朝は忘れられない。
忘れもしない、明け方4:30物凄く大きなカミナリが鳴った。
それでなくてもカミナリは大の苦手。。。
このカミナリで思ったこと・・・「おばあちゃんが死ぬ」
いつも以上に怖かった。さっちもそう思ったらしい。
その2時間後の朝6:30。病院で付き添っていたおじいちゃんから電話が入る。

「やっぱり・・・」

お葬式の時は、寂しさ悲しさもあったけど、
『おばあちゃんはラクになったんだ』って思えたり、
喪家として忙しくて、倒れるどころではなかった(^^ゞ

倒れたのは・・・。49日法要。つまり納骨のとき。
私が覚えていることは「もうおばあちゃんと会えない」という感情があったこと。
ただそれだけ。。。

気がついたら倒れていた。

親戚のおじさんが起こしてくれた。
さっちの「またやった」っていう声が聞こえた。。。

後から弟に言われたこと
「あんた、倒れる前目っていうか、顔おかしかったぞ」

これは発作なのかなんなのかわからない。
ショックだったのかな。。。